シルクロードの遊牧騎馬民族によって織り継がれてきた手織り絨毯。その起源は古く、およそ3千年前にさかのぼると言われています。
民族興亡の歴史を繰り返しながら、厳しい自然環境の中で生きてきた遊牧民たちにとって、手織り絨毯はまさに「第二の大地」。寒暖差の厳しい草原や砂漠での天幕生活の床材とて、また壁面の装飾や馬の鞍として,さまざまな用途に役立てられてきました。遊牧民の生活にはなくてはならない手織り絨毯。そこに描かれた文様と色彩は、過酷な自然の中に生きる彼らの「楽園への夢」が、込められているにです。その中でもペルシャ絨毯は、天然染料により美しい色彩が創り出されています。
たとえば、赤色に茜の根、コチニール(かいがら虫)、ロックウッド(豆かの植物)などが用いられ、黄色には、モクセイソウ、ザクロの果皮、ブドウの葉、青色には天然藍、褐色系にはクルミの殻やカシの皮などが利用されてきたのです。また、ペルシャ絨毯は、気の遠くなるような長い時間をかけて、すべて手織りでつくられています。実際には、一本一本の糸を「手結び」することにより織られ、この結び目が多いほど織り密度が濃くなり、高品質になると言われています。

手織り絨毯を通じて子供たちへ大切なことを伝えていければと思います。
大量生産、大量消費の時代を迎え、私たちはより豊な暮らしを求めて続けてきました。その結果、私たちはひとつの「モノ」を長く愛し、大切にするという心を失いつつあります。
環境破壊や「心」の問題が叫ばれはじめた今、わたしたちは物質的な豊さよりも精神的な豊さを求めるようになりました。次々と現れては消えていくたくさんのモノに振りまわされるよりは、自分にとって本当にいいもの、本当に必要なものだけを選びたい。そんな生き方を多くの人が望むようになったのです。
気の遠くなるような時間をかけて一枚一枚丹念につくられたペルシャ絨毯は、手づくりのぬくもりや本物の素晴らしさをわたしたちに教えてくれます。 使い込めば使い込むほど味わい深くなり、時間とともに愛着もわいてきます。
母から娘へ、そして孫へと伝え受け継ぐとき、手織り絨毯は、「モノ」以上に大切なことを伝えてくれるのです。自然の息吹、伝統の重み、本物のよさ、人の手が紡ぐ丹念な仕事。手織り絨毯を通じてモノを大切にする心を育み、モノを大切にすることで得られるしあわせを伝えていく。子供たちにいちばん残したい「心」を手織り絨毯は、知っているのです。

左写真 ESFAHAN
イスファハン
有名なペルシャブルーが生まれ、絨毯の生産地として一番歴史の古い都市といわれるイスファハンは、イランで2番目に大きい都市。シャー・アバスがこの地を首都とした17世紀の頃、西洋の支配者たちへの贈り物として、シャーの工場で豪華な絨毯が織られたことから世界的に名声を得ることになりました。イスファハンの絨毯はコークウールと呼ばれる、子羊の毛を使用したものが主流で、目の細かさの単位は「ヘフト」。10、12、16ヘフトで区別され、16ヘフトのものは、世界一目が細かいと言われています。

右写真 NAEIN
ナイン
ナインは、イスファハンから150キロほど東にある小さな町。古くから「アバス」と呼ばれる衣類を作っていた職人が絨毯を作り始めたため、その品質が高まってきたことも有名です。絨毯はウールとシルク20〜45%の混合。メダリオン柄が一般的で、紺色とベージュの色合いを多く使用しているのが特徴です。目の細かさは,「ラ」という単位で区別され、4、6、9、12ラのうち、4ラのものは壁掛けとして飾られます。
弊社では、毎年12月にペルシャ絨毯展を開催しております。お問い合わせ下されば、詳しい情報を、E-MAILにてお知らせいたします。
メールアドレス motoo@f2.dion.ne.jp
ペルシャ絨毯読本

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