十八世紀初頭、マイセンの白色磁器がヨーロッパ中を席巻していた頃、イギリスの陶工たちは、磁土や陶石の不足を補う為にさまざまな方法で、試行錯誤を繰り返していた。
家畜や焼いた灰を原料に加えるのもそのひとつで、いわば苦肉の策がボーン・チャイナを生んだのである。
ボーン・チャイナの技法そのものは十八世記半ば、ボウ窯でトーマス・フレイが特許を取っているが、作品としてはまだまだ未完成で粗悪なものだった。これに改良を加え、製品化できるまでに品質を高めたのが、1770年にストーク・オン・トレントでジョサイア・スポードが、創始したスポード窯。ボーン・チャイナの製品化という、イギリス陶磁史に輝かしい偉業を記したのは、創始者の息子ジョサイア二世である。
スポード窯のボーン・チャイナの組織が、今でもイギリスのスタンダードであることからも、その業績の偉大さをうかがい知ることもできる。さらに二世はイギリスの伝統的なストーン・ウェアーを改良して、磁器と陶器の両方の長所を取り入れた良質のストーン・ウェアーも発明し、陶磁界の先駆者の名を確立する。
イギリスの陶磁界を大きく飛躍させた功績を高く評価されて、1806年にはジョージ四世から王室御用達の勅許(ロイヤル・ウォラント)を授けられた。
名実ともにイギリスを代表する名門のひとつとして、現在も忠実に伝統を継承しているスポード窯は、オーソドックスで品格にあふれている。
参考文献 イギリス洋食器の旅 |